なぜおいしくないサンマの値段が高いのか?

僕はいま、シンガポールに住んでいますが、1年に何回かは日本に帰ってきます。

日本に滞在している間に時間があると、よく東京の築地に出かけます。そこには大きな卸売市場があります(2018年10月に豊洲に移転しました)。社会科見学などで行ったことがある人もいるかもしれないけど、卸売市場というのは、簡単にいえば僕たちが買い物をする魚屋さんや八百屋さんやスーパーマーケットなどにモノを売る市場のこと。

それぞれの店の人が、自分の店で売る商品を仕入れるための市場が、つまり、卸売市場です。そういう卸売市場が日本中のあちこちにあるのだけれど、築地の卸売市場はそのなかでもとくに規模が大きいのです。取引額でいえば日本はおろか世界でも最大規模で、世界中からさまざまな種類の海産物や野菜をはじめとする食品が集まってきます。

モノの値段を知るのに適した場所なのです。たとえば2017年の秋は、サンマがあまり売られておらず、店頭に並んでいるのはやせ細っていました。その前の年は、エサをたくさん食べて丸々と太ったサンマをよく目にしました

さて、これからが大切なところです。やせっぽちでおいしそうではないのに、その年に築地市場に並んでいたサンマはいつもの年に比べてかなり値段が高かったのです。都内のスーパーの鮮魚売場もいくつか回って値段を見たけれど、例年なら旬の時期には一匹100円くらいで買えたのに、少なくとも僕が見た限りでは200円から300円はしていました。それでも僕はサンマが大好きだし、日本に帰ってきたときくらいしか食べられないから、仕方なくやせた高いサンマを買って、自分で焼いて食べてみました。

やっぱり、それほどおいしくはありませんでした。なんかおかしいと思いませんか?どうしていつもよりやせっぽちでおいしくないのに、その年のサンマの値段は高かったのだろう。いつもなら丸々と太ったサンマが100円なのに、なぜやせておいしくないサンマが200円も300円もしたのだろう?

君にはその理由がわかりますか?値段ってどうやって決まるの?さて、君なりの答えが出ましたか?正解をここで発表します。まだ考えていない人は、このまま読み進めずに少しでいいから考えてみてください。答えです。その年のサンマがやせっぽちでおいしくなかったのにいつもの年より値段が高かったのは、サンマのとれる量が少なかったからです。サンマのエサになるアミエビがとくに少なかったとか、海水温の上昇のために日本近海にやってくるサンマの量が減ったとか、人間が長年にわたってサンマをとりすぎたせいだとか、いろいろな原因があるようです。

そしておいしくなかった理由。サンマに限らず他の海産物でも、あるいは農作物でも、自然からの収穫物にはだいたいにおいて同じことがいえるのですが、不漁(漁獲量が少ないこと)だったり不作(作物の収穫量が少ないこと)だったりする年は、その魚や農作物がうまく育たなかったということだから、味も良くないというわけです。モノの値段が決まる仕組みはいくつもあるけれど、とくに重要なのは需要と供給の関係です。

需要というのは、あるものに対する欲求のこと。サンマの話でいえば、サンマを買いたい人がどれくらいいるかというのが需要。サンマがどのくらい売られているかというのが供給。日本には僕のようにサンマが好きな人がたくさんいるから、サンマのとれる秋になるとみんなサンマが食べたくなる。

漁師さんたちは秋になると日本近海にやってくるサンマをとって市場に送る。どれほどの人が食べたいのか、どれほどのサンマがとれたのか。これで需要と供給のバランスが決まります。もしサンマが豊漁で、供給が需要を十分に満たせばサンマの値段は安くなる。市場にたくさんのサンマがあれば、買い手側は少しでも安いサンマを買おうとする。売り手側は、安くしなければ買ってもらえないので値段を下げる。

反対に、サンマが不漁で、需要を満たすだけのサンマが供給できないとなれば、おいしくなくてもサンマの値段は高くなる。サンマが手に入りにくくなるから、買い手側の競争になって値段は上がっていくのです。前にも書いたように、豊漁のときは、サンマもエサをたくさん食べて太っておいしいけれど、市場にそういうサンマがたくさん出回っているから値段は安い。不漁だとエサが少なくてサンマはやせているけれど、数は少ないので値段が高くなるというわけです。

この、「数が少ないことが、あるモノの価値を高くしている」ことを希少価値といいます。サンマに限らず、商品の値段は、供給が需要に追いつけないと上がる。数が少ないということが、ある種の価値になります。太っておいしいサンマより、やせておいしくないサンマのほうが高いのには、そういう秘密が隠されているのです。カードゲームで少ししか出回っていないキャラクターのカードが、インターネットなどでとんでもなく高い値段で売られていたり、ボロボロの古い本に高い値が付けられていたりするのも同じことです。

さて、君はこのことから何を学びますか?僕はこのことから、モノの値段がかならずしも質の高さだけで決まるわけではないということを学びました。値段の高いもののほうが質も高いと思ってしまいがちだけど、それは間違いだというわけです。

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