インフレによる私たちの生活の変化

インフレになると生活はどうなるかインフレになれば、私達の生活はどうなるだろうか。

財政がらみでインフレを考えるときには、それを「税」として捉えると、いろいろな現象がわかりやすくなる。経済学では、国の借金を解消するインフレを「インフレ税」とも言う。いわば、通貨保有税である

特に、日本では「円」の通貨保有税である。それは、インフレ率が高くなれば、それだけ税率が高くなる。日本で、財政破綻がらみでインフレになると、自分の資産を円以外の通貨の資産に移し替えようとする現象が起こると予想されている。この現象を、日本でインフレになると円建てで持っている自分の金融資産の実質価値が目減りするから……と考えない方がよい。

その方が、現象の本質をより的確に捉えることができる。現象の本質をより的確に捉える見方は、このインフレを「税」として捉える見方である。インフレ税=通貨保有税という見方である。この見方では、日本でインフレになると自分の資産を円以外の通貨の資産に移し替えようとする現象を、日本でインフレになると円建てで持っている自分の金融資産にインフレ税が課税されるから、円建て資産の課税後収益率が下がる(高いインフレ率になれば課税後収益率がマイナスになることもありうる)から、というわけである。

なぜ、この見方がよいかといえば、日本のインフレによって日本国内で困るのは、円通貨(ないしは円建て債権)を保有している人であって、日本国内の実物資産(土地や建物など)を持っている人は困らない、という現象をうまく説明できるからである。日本でインフレになると自分の資産を全て海外に移した方がよいと安直に考えるのは、おろかだということにも通じる。

資産運用は、あくまでも課税後実質収益率(あるいは利回り)でみて、高い資産に運用するのが賢明である。すると、日本でインフレになると、自分の資産を円建ての金融資産で持つ人には、インフレ税=通貨保有税が課税され、その金融資産の課税後収益率はインフレ率=インフレ税率の分だけ低下する。

これに対して、日本国内で実物資産(その値段が円表示であっても)を持っている人には、インフレ税は課税対象外であるから、課税後収益率はインフレ税によっては低下しない。したがって、資産運用の観点から見ても、日本でインフレになると、自分の資産を課税後収益率が相対的に高くなった日本国内の実物資産に振り向けた方がよい、ということになる。

ただし、インフレになれば地価が高騰するかどうかは、自明ではない点には、気をつけるべきだろう。海外に資産を移すことが賢明か否かは、国内での実物資産の課税後収益率と海外での外貨建て資産の課税後収益率を比べる必要がある。通常、一般の国民(資産をあまり持っておらず、金融機関の内部情報を知らない著者のような経済学者も全く同じ立場である)にとっては、外貨建て資産に伴う為替変動リスクをうまく避ける(ヘッジする)ことができない。

円で生活する日本人が、財政破綻に伴う円安で一ドル=二〇〇円になると期待して、一ドル=一三〇円のときにドルに交換して一万ドル分のドル建て資産を持ったとする。そのために注ぎ込んだお金は、一三〇万円である。ところが、一ドル=一一〇円になったらどうなるか。一万ドルのドル建て資産に一〇%の利子がついても、一万一〇〇〇ドル。一万一〇〇〇ドルを一ドル=一一〇円で交換すれば、一二一万円にしかならない。九万円も損することになる。

期待通りに為替レートが動けばよいのだが、金融機関に勤めるプロでも為替レートの予想がなかなか当たらないのに、素人ならなおさらである。だから、こうした予期せざる為替変動のリスクを考えれば、海外での外貨建て資産の課税後収益率が国内の実物資産の課税後収益率にリスク・プレミアムを加えた率よりも高くなければ、日本でインフレになったからといって外貨建て資産に運用するのは必ずしも賢明ではない(その詳細は、後で述べる)。

金融自由化の恩恵が、今や一般の国民の日常生活にも及んでいるので、わざわざ地の利のない海外に自らの資産を持っていかなくても、それと同様の恩恵を国内で受けることも可能である。

 

外貨普通預金の口座が家の近くの銀行ですぐにでも開設できるので、インフレになればその外貨預金を流動性・換金性(日常の生活資金の決済)の拠り所として使うことができる。外国為替管理法も改正され、今では日本国民の間で国内においてドルで決済してもよいことにもなっている。

ちなみに、以前の外為法は国内で一般的にドル決済が禁止されていた。田中角栄元首相がロッキード事件にからみ逮捕された時点での罪は、ロッキード社のドル建て賄賂と思しきお金を為銀(外国為替取引を許可された銀行)を通さずに円に換えたとした、改正前の外為法違反の罪で、収賄の罪ではなかった。昔は違法行為だが、今では一般の人でも堂々と国内でドルを使うことができる。

だから、日本でインフレになっても、一般の人でも外貨を使えば、円のインフレ税=通貨保有税の租税負担からたやすく逃れることができる。そう考えれば、インフレにして財政赤字を解消する方法も、昔(江戸時代に財政難で金貨改鋳を行った江戸幕府や終戦直後のハイパーインフレで戦時国債を実質的に返済した日本政府の時代)ほどには単純ではないのである。露骨にインフレで損をした人から結果的に政府がインフレ税を徴収するということは、前述のように外貨に容易に逃げられる状況では、あまり期待できない。

しかし、暗黙のうちにインフレで損をした人から結果的に政府がインフレ税を徴収することは十分に可能である。例えば、所得税率を名目所得に対して累進課税するとしておいて、インフレに対して税率を修正しないと、インフレによって所得の額面だけが増えると自ずと直面する税率が高くなる(ブラケット・クリープとも言う)ので、所得税が実質的に増税されることになる。

また、インフレと同時に地価が高騰したとすれば、そのときには固定資産税や地価税でその高騰分まで含んで課税されたり、不動産売却益課税でも地価高騰に伴う所得が課税されたりすることになり得る。

このように、政府は、インフレによって直接インフレ税をあまり取れないとしても、インフレと連動させる形で租税負担を国民に強いることで、財政赤字を解消する方法が考えられるのである。もちろん、インフレを起こすことで直接的・間接的に財政赤字を解消しようとする方策は、日本政府はすべきでないし、日本政府が目下この方策を本気で採用しようと考えてもいないだろう。しかし、客観的に見て、(意図するか否かにかかわらず)日本政府にインフレを起こして財政赤字を解消しようとする誘因(インセンティブ)があるのは事実である

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