具体的な目標を設定するデメリットは?

犠牲にする勇気「具体的な目標を設定するデメリットはないのか?」と思う人もいるだろう。私にとっては、答えは「ノー」だ。

でも、相当な努力が必要なのでは?

楽な環境から抜け出すのはつらくないのか?答えは「イエス」だが、その程度は、あなたの態度次第だ。私だったら、つらいと感じたら、自分は今正しいことをしているのだと考える。少し無理をして、自分にこう言い聞かせるのだ。

さあ、つらくなってきたぞ。これから苦しくなるぞ。ほとんどの人があきらめることを、私は続けていくぞ。よい目標を設定すると、捨てるべきものが見えてくるので、何かを犠牲にする決心がつく。たとえば、指折りの企業弁護士になりたければ、弁護士として成長するために費やす時間を最優先すべきだろう。私は、パフォーマンスの向上を希望するクライアントに、エネルギーがどこに漏れているかを突き止めるという作業をよく行う。

ある経営者は、子どもとの時間を十分に取れないことに、しょっちゅう罪の意識を感じていた。彼がすべきなのは、良心の呵責に対処する方法を学ぶか、余暇の使い方を学ぶかのどちらかだ。多くのリーダーにとって動機づけとなるのは、いつか特別な体験――収入アップや転職、国際的な企業のトップになる――ができる立場に到達したいと考えることだ。

複数のゴールを持つことは、人生のバランスを維持するために重要だ。しかし、何かで卓越した成功を収めたいなら、何かを犠牲にしなければならない。私自身は、ゴールに到達するためにすすんで犠牲を払う人が大好きだ。

ただし、今の職場で成長することも可能だということを忘れてはいけない。必ずしもゼロから再スタートする必要はないのだ。引退したばかりの英国の人気騎手のインタビューを、テレビで観たことがある。司会者に、引退して一番うれしいことはなんですか、と質問されると、彼は「ようやく、お腹がいっぱいになるまで食べられることです」と答えた。

騎手には体重の調整が欠かせないので、プロとして活躍していた間、いつもお腹をすかせていたのだ。夢や目標を語っても、そのための犠牲を受け入れるところまでいかない人は多い。覚悟を決めて犠牲を受け入れれば受け入れるほど、目標に近づく力は強くなる。

冒険家は、子どもやパートナーを持たない道を選ぶかもしれない。目標達成のために、家庭を持つことをあきらめるという犠牲を受け入れるのだ。会社で地位を確立しているのに、芸術家になる夢を追い求めて会社を辞める選択をする人もいるだろう。後戻りはできないと知りながら、社員という「橋」をみずから焼いてしまうのだ。目標に向かう覚悟を決め、そこに到達することに心身を捧げると、成功する確率が劇的に上がる。

その顕著な例を紹介しておきたい。アイオワ州に住む七三歳のアルビン・レイ・ストレイトは、一九九四年の夏、ウィスコンシン州に住む発作で倒れた兄をたずねるために、芝刈り機に乗って五六〇キロを旅した。視力の衰えから、アルビンの運転免許は失効しており、最高時速八キロの芝刈り機だけが、彼が運転できる唯一のエンジンのついた乗り物だったのだ。

この実話はデヴィッド・リンチ監督により『ストレイト・ストーリー』として映画化された。映画のなかで、アルビンと兄(映画ではライル)の間には、わだかまりがあったことが描かれている。兄弟は長年口をきいておらず、ライルは重病で死の縁にあった。しばらく悩んだ末に、アルビンは芝刈り機で旅に出る決意をする。この無謀な計画を知った娘が反対すると、アルビンはこう言う。「ライルに会わなきゃならん」アルビン・ストレイトには目標があった。

そして、唯一の手段は芝刈り機だった。だから彼は芝刈り機で出発するのだ。旅の途中で出会ったある女性は、アルビンにこうたずねる。「アルビン、ちっぽけな芝刈り機でたったひとりで州を越えて旅するなんて、恐くないの?」アルビン・ストレイトはこう答える。

「世界大戦のときに前線で戦った俺が、どうしてアイオワ州のとうもろこし畑を恐がらなきゃならない?」大切なのは選択すること自体であり結果は関係ないここまで読んできたあなたは、人生を俯瞰で見て、自分の欲求と価値観を明確にし、よい目標をできるだけ具体的に設定して、それらを紙に書き出した。そして、「何を捨てるべきか」を自問しただろう。次のステップは、目標に向かう覚悟を決めることだ。

「PART1」の扉に戻って、ロバート・フロストの三行の詩を、もう一度読んでほしい。有名な詩だ。私は最初に読んだとき、狭い道を選べという訓戒だと思った。「人があまり通らない道」を。フロスト自身が選んだのは、そういう道だったはずだ。

しかしタイトルは、「選ばなかった道」だ。この詩が言いたいのは、正しい道を選ぶことではなく、ひとつの道を選ぶこと――私はそう考えるようになった。この詩の着眼点は、分かれ道に遭遇したときにひとつを選ぶことなのだ。大切なのは選択そのものであり、選択の結果ではない。選択をする時点では、結果がどう出るかは知る由もない。意思決定のプロセスにおいて、結果が不確実なのは自然なことなのだ。

選択には、常にリスクがつきまとう。起業すれば、一〇〇万ドル稼げるかもしれないし、破産する可能性もある。私が空挺部隊の養成コースを志望したとき、合格できる保証はなかった。私と同じぐらい熱心な若者たちと競う必要があったからだ。確信していたのは、それが自分にとってよい選択だ、ということだけだ。いったん決めてしまえば、たいていは自分が選んだ道に満足するものだ。自分が選んだ道を後悔することは、ほとんどない。人間は、いったん決めたことを後悔するようにはできていない。

むしろ、選択しなかったことを後悔するものだ。「決心する」までには、いくつかのプロセスがある。はじめは手さぐりでも、自信が育つにつれて、決心も固くなる。ぼんやりした意識から始まり、明確になるにつれてスピードがつき、ついには決断という形で完結する。決断は多かれ少なかれ人生を変えるので、大仕事をやり遂げた解放感と恐怖を同時に感じるだろう。

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